私の後ろに道はできる、はず。

時は無情である。日々、通り過ぎてしまいがちな今を切り取り、1冊のアルバムを作る。

粉瘤(アテローム)の手術談 切れ痔と鮮血と大腸がんとナイチンゲール

皆さんは手術の経験がありますか。


私は高校の頃、臀部の手術をしました。

おけつです。おしりです。

おしりのほっぺたにイボができ、それを取る為に切りました。

医者はこいつをアテロームだろう、と言っていましたが、違うかもしれないとも言っていました。


>> 病理学においてアテローム(英:Atheroma、(複数)Atheromata)とは、脂質(コレステロール中性脂肪)、カルシウムや様々な線維性結合組織を含んだ細胞(ほとんどマクロファージ)や細胞の死骸から構成された動脈血管内での蓄積物であり固まりである。心臓や動脈で問題になるアテロームは、通常、粥腫(en:atheromatous plaques)である。アテロームは、不健康な状態であるが、ほとんどの人で見つかっている。


この出来物。

皮膚の脂肪や汚れなどが溜まりできるイボで、ほとんどの人にもできているものらしい。

似たようなもので皮膚癌(メラノーマ)があるがまるっきり似て非なるもの。

まずはこいつとの馴れ初め(ファーストコンタクト)を。

嘘だと思うかもしれないがマジな話。



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当時、私は高校生。

母と2人で、おばあちゃんの家に居候という形で暮らしていました。

それまで部屋をもらえなかった私は、初めておばあちゃんが使っていなかった物置部屋を貰いました。

私だけの部屋だ。片時も誰も近寄らせないぞ、と意気揚々。

幾ばくか経ち、ついに思い描く理想の部屋を手に入れることができました。

何ら変哲もない机と椅子と本棚に囲まれただけの粗末な部屋だったのですが、私にとっては秘密基地。

しかしおばあちゃんは、様変わりした部屋をよく思わなかったのでしょうか、いまでもわかりませんが何か思うところがあったようです。

ある日学校から帰ってくると、私の部屋の椅子に彼女は座って待っていたのです。

部屋の扉を開けると突然の

「おかえり。」

と乾いた声が私を迎えてくれました。

正直ゾッとしました。

私の部屋に居るはずもない誰かの声です。

広い部屋ではないので、おばあちゃんがいるのだとはすぐにわかりました。

しかし私の部屋にいる彼女の姿は明らかに異様です。

椅子の上に体操座りのような体勢で座り、私の方をジッと見つめています。

「おかえり。」という言葉で、こんなに震え上がったのは後にも先にもこれまでです。

なぜここにいるのだろう?

思考は廻ります。

・もしかして私が帰ってくるまでずっといたのだろうか?

・もしかして私の部屋を取り戻しに来たのか?

・もしかして何かめぼしい物を物色しているのではないか?

あいつは悪者だ。

なにか悪さをしている。

という勝手な決めつけでしかその時は考えられませんでした。

実際、私の部屋に置いていた万年筆や成績表などは神隠しにあい、いまでも見つかってはいません。

そしてあろうことか、学校がある日は私の部屋でお出迎え、という状態になったのです。

毎日毎日続きました。

勿論、文句は言います。

「立ち入り禁止。俺の部屋だから入んなよ。」

と強めの口調で言ったってまるで聞く耳持ちません。

何度言っても一向にやめず、依然続きました。




名案とは当然やってくるものです。

そうだ!おばあちゃんが座る椅子の上に物を置いて座らせれなくしてやろう!!上から座るなんて真似は流石にしないだろう!!


信じた私が阿呆でした。

そんなことはお構いなしのお祖母様。

もう私は打つ手なし。お手上げだ。降参だ。

しかし悪魔は確かにいます。

本当にそうか?少し痛い目を見れば辞めるんではないか?そうだ!!椅子の上に画鋲を置いてみないかい?

確かに囁きました。

否、はっきり耳元で言われました。

それでおばあちゃんが怪我をするなんて考えも沸かず、止めさせるなら少しの犠牲も厭わない。

遂にはそれを実行に移したのです。

登校する前に、前もって椅子に置く簡単なお仕事です。

さあ、設置して学校に行きます。

とそこで忘れ物に気づいたのです。

前の日に机の上に置いていた教科書をカバンに仕舞忘れました。

遅刻するから急いで仕舞わないと。

迂闊でした。なにも考えず椅子に腰を下ろしたのです。

そう、ミイラ取りがミイラになるよろしく、私自らが画鋲トラップに引っかかったのです。

不思議と痛みはあまりありませんでした。

ただ、刺さった驚きと私への不甲斐なさが、痛みの上をいっていただけでしょう。

画鋲は尻に深く刺さりましたが余り血は出ませんでした。

そこまで痛くなかった私は、軽く刺さったところをさすりながら急いで学校に向かったのです。

それからも別に痛くなく、刺さったところはただただ痒かっただけでした。

傷跡も蚊に刺されたぐらいの大きさでしかありませんでした。

そしてまた時は流れます。

異変に気づいたのはだいぶ先。

蚊に刺されたあとが治らない。

それに触ると痛い。

そう、それはやがてイボになったのです。


私たちは普段の生活でどれだけ尻に救われているか知っていますか?

人は立つか座るか2つの行動しかできません。

私は尻にイボが出来たことで座る動作がどんどん苦痛になっていきました。

教室や全校集会、自転車のサドルなど私のおしりにできたあいつを、硬い座面が襲ったのです。

こんな経験は無いでしょうか?

ニキビを潰すと更にデカいニキビになる。

私の出来物はたくさんのストレスや刺激で強く、たくましく、巨大に膨れていったのです。

はじめはゴマぐらいのものが気づけば十円玉サイズに。

更に気にして触りまたデカく。悪循環に陥りました。

これはもう私の手にはおえない、と涙ながらに母に尻を出し、あいつと対面させたのです。

屈辱以外ありません。

高校生が母の前に肛門を晒しているのです。

母は薄ら笑いを浮かべていましたが、すぐ次の日近くの皮膚科に連れて行ってくれました。

病院です。男のお医者さんに上に書いた馴れ初めを話し、イボを見せました。

何か棒状のもので突付かれ、採血されてすぐ3日後に手術をしてくれると言われました。

今まで耐えてきた苦痛は何だったのだろう?

こんなに簡単に取ってもらえるなら早く来れば良かったと、後の祭り。

そして3日後、ついに手術です。

それまで手術などない私は、インターネットを駆使し、私と同じ経験談を納得できるまで調べました。

しかし調べれば調べるほど不安は大きくなります。

・手術は痛くないか?

・お金は幾ら掛かるのか?

・再発しないか?

・尻毛をどうしようか?

・下半身裸なのか?

など書き足りません。

そんな不安の種はそのまま、とうとう手術に私は向かいました。

病院に入り、そのまま手術室のある階段に向かい時間になるまで待機。

しばらくすると看護師さんが来て準備が整い、手術室に入りました。

部屋に入るとまずは更衣室がありました。

ここで全てを脱ぎこれに着替えてと、青い羽織を渡されました。

従うことしかできない私は、素早く着替えてまた奥の部屋へ。

どうやらここで手術をするようです。

想像していた薄暗い部屋に、どぎついアルコールの臭いが漂っている所だと勝手に思っていた私は、オレンジ色の光にガンガン音楽が流れるカラオケ店みたいな部屋に拍子抜けしてしまいました。


そして、男性の外科医が2人と綺麗な女性の看護師5人という大所帯が私を迎えてくれました。



言っておきますが、私は裸です。

もしかしてこの人たち全てに恥部をさらけてしまうのか。

下ネタかとは思いますが、手術中にあそこが勇気をだすのかとても心配でした。

それでも手術は始まります。

何時何分、今から病名の手術を始めます。

と先生が掛け声をだし、始まりました。


麻酔から入りました。


私がベッドを下にうつ伏せになり次の瞬間、

私のイボ周辺に太い注射器が刺さりました。

Σ(゚Д゚)・∵. グハッ!!

うつ伏せなので刺さったところは見えません。

前を見続けなければならないのです。


続けざまにグサッ、グサッ、グサッと5,6回周辺を麻酔していきました。

切る前にもう涙目です。

もう私の耳に音楽は聞こえません。

痛いなら声をかけて下さい、と言っていた綺麗な看護師さん2人が私の手をそれぞれ握ってくれました。

両手に花。

私の手汗でベチャベチャです。

ナイチンゲール症候群という言葉を知っていますか?

弱っている患者に対して、それを看護する人との間で愛が生まれることです。

私は、手術のドキドキと恋のドキドキを勘違いしてしまったのです。

私には看護師さんが理想の人に見えていたことでしょう。

何分か経ち麻酔が効いてきました。

いよいよ摘出します。

冷や汗が出てきました。


ブーン、と電気メスが私の尻を多分切りました。

痛みはないのですが、とても熱いナニカが切れ間から溢れてきました。

それが血なのか、なんなのかは見えないのでわかりません。


ブチュブチュとかぶちょぶちょとかいかにもな音が私を襲います。


冷や汗と尻からは絶え間なく出てきます。


今は痛くないが痛みがいつ襲うのか、ビクビクです。

時間にしては短いですが、私にとっては走馬灯。

それまで痛みがなかった私に突然衝撃が走ります。

ぶちょぶちょがブニョブニョに音を変え、遂にはブチッと千切れたような音がしました。

イボが取れたのです。


とその時、医者が「オッ!!」と声をあげました。


(え?なになに?どうしたの?癌?うそ?俺死ぬの?え?え?え?)


すぐに「大丈夫、心配しないで。」と言われましたが到底信じられません。


が直ぐに縫っていきます。


短い針に糸で手作業です。


ブチッと音がしたかと思うと初めの麻酔の時みたいな強烈な痛みがしてきました。

麻酔が切れたのか、看護師さんに囁き麻酔をしてもらいました。

しばらく麻酔が効くのを待ち、また縫合作業を始めたのですが、依然痛みがあります。

ここに来て痛みは治まらなくて、また麻酔をして貰うのも躊躇い、地獄の時間が始まりました。


涙が頬を伝います。

体の内からくる痛みはまるで耐えられません。

世界一強い痛みが尿路結石というように、内側の痛みはどうすることもできない。

それは他の人にはわからないから我慢するしかない。

いつ終わるのかもわからない時間が私を蝕んでいく。

大袈裟かと思うかもしれないが、

もう壊れそうだ。

助けてくれ。



我慢に我慢を続け、遂には手術が終わった。





手術時間は40分でした。

長い長い戦いが終わりをつげ、摘出したのを医者が見せてくれました。

このスーパーボールサイズの肉の塊が
イボの正体なのか、と感慨深い。


と、すぐに立ち上がらされ、一週間後抜糸するのでまた来てくださいとだけ告げられ、血だらけの手術服を脱ぎ着替えて家に帰る。

一人で来た私は、帰りも一人で歩いて帰る。

いかにも大袈裟に、はぁーはぁーと言いながら、壁伝いに寄り添って。

学校は土日月と休み、痛みもありません。

傷口が突っ張った感覚はありましたが。

そして、一週間後医者の元を訪ね、イボの正体を聞きました。

調べた結果、アテローム(良性腫瘍)らしく一安心。

手術料金も1万円弱という安心料金。


5.6年たった今も再発はないですが、いまも手術跡はおしりに残り続けている。
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長い文章を書いてきました。

この文まで辿りつけたあなたは選ばれた人だなんて思いもします。

誠にありがとうございます。

最後に一番大事な、なぜこれを書いたか?

をあなただけに教えようと思います。

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昨日、私は便をしていました。

お腹が痛く、勢い良くお腹に力を入れぶっ放します。

すっきりして尻を拭こうとした私を襲ったのは、鮮血に染まったトイレトペーパーでした。

ギョッ、と目を疑いました。


まさか大腸がんになったのではないか?

実はイボが癌だったのではないか?

私は寒気と恐怖でネットに齧り付き調べます。

しかし、尻から出る血液で本当に怖いのは赤い血ではなく、実はタールがかった血液(黒)だというのです。


尻は体の出口です。体の何処かで血が出ていると色々分解され、血は黒っぽくなっていきます。

しかし赤いと尻の出口近くで、でているという事なのです。

つまり、尻付近で出ています。

医者に行きました。

思ったとおり切れ痔でした。

勢い良くした時に切れてしまったのです。


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その時に医者にアテロームの手術跡を訪ねられた所から思い出したのでここに書きました。


どうですか?拍子抜けしたでしょう。

これで終わります。

静聴ありがとうございました。